ほほほの脱力メモ

バイオリンと気功をお気楽に精進してα波に満ちた日々を過ごすためのメモブログです。キーワードは「脱力」です。話はいろいろ飛びそうです。

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バイオリンの効用

自宅PC故障中につき、更新頻度落ちてます。m(_ _)m

バイオリン・ヨガはまだ個人的に研究途上なのでともかくとしても、巷に流布しているいろいろな言説から考えると、バイオリンを弾くことには、いくつか効用があってしかるべきだと思います。

・脳の老化防止
――指を動かすことによる
・英会話力アップ
――英会話と共通する周波数帯域と聞いたことがある(まあ、モーツァルトがってことですが)
・NK(ナチュラル・キラー)細胞増加
――単に弾き散らかすことによるストレス発散。カラオケと同じ。他人にストレスをためることは気にしない(^_^;)

しかし、実際はどうでしょう? バイオリン、結構ずっと弾いてきているのに、脳はかなり老化したような気がします。(^_^;) 正直言って、気功を始めてようやく持ち直した感じ。弾かないよりは、老化の速度が落ちているのかなあ?

英会話力アップにも、バイオリンが効いた実感がまったくない…。逆に、英会話力がアップしたらバイオリンに何か変化があると面白そうではありますね。

NK細胞については、弾くことに専心しているうちにストレスなことを忘れちまうってのはあるかもしれません。もっとも、思うように弾けなくてストレスがたまるってのがあって相殺されてるかも。

というわけで、まだまだ修行不足ですね。

皆さんはどうですか?
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原始生活

自宅のPCが故障して立ち上がらなくなってしまい、原始生活に戻っております。とは言っても、メールは携帯で見られたりするので、原始度はそれほど高くはないのですが、WEBで調べ物ができなくなったのは、ちょいと不便ですね。WEBが調べ物をするときに万能とは元から思っていませんが、結構重宝してましたからなあ。

しかし、これも「禁煙」と同じで、ある程度PCのない生活が続けば、慣れてしまうんだろうなあ、と思います。言うなれば「禁PC」ですな。でも、会社ではPCを使っているから、PCのない感覚に慣れきることはありえないので、きっと「禁PC」は無理でしょう。

自宅PCは、いわゆる自作というやつなので、メーカーに修理に出せない…。これまでにも立ち上がらなくなったことはあって、その時には何とか復旧させることはできたのですが、今回はなかなか言うことを聞いてくれません。

ところで、立ち上がらなくなったのは、OS(WindowsXP)です。safemodeにも行きません(「safemode」を選ぶところまでは行くのですが、そこで止まってしまいます)。これから、トラブル対策情報を探さねば。とりあえず、最初の画面でHDDの認識はしているようなんですが、それでもHDDが寿命になっているなんてことはあるのでしょうかねえ。

よい情報やtipsのURLをご存知の方がいらっしゃったら、ぜひ教えて下さい。


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10秒の我慢が悪しき習慣を直す!?

世の中には我慢が必要なことや我慢するとよい結果につながることが時々あります。間食を我慢! 暑さを我慢! トンカツを我慢! 会議中や授業中の眠気を我慢! テレビを見るのを我慢! ゲームを我慢!  相手の理不尽に怒りたくなるのを我慢! 笑うのを我慢!(にらめっこです) 泣くのを我慢! タクシーに乗りたいのを我慢! ………

とりあえず、並べれば面白いかなあと思って、無意味に列挙してみましたが、その中で、継続性のあるものを我慢するよい方法があります。何を我慢するか、思いつかれる方も多いでしょうが、具体的には、タバコがまず挙げられます。私は10年ほど前までタバコを一日一箱程度吸っていましたが、この方法により禁煙することに成功しました。

あるきっかけで、私は一日タバコを吸わなかったことがありました。「あれ一日禁煙できたじゃん! なら、もう一日禁煙できるんじゃないかな?」「おっ、二日禁煙できたじゃん! なら、また一日禁煙できるんじゃないかな?」「おお、三日禁煙できたじゃん!…」と続いて、現在にいたる、というわけです。

これは、禁煙しようという思いが大して強くなかったのが一つのミソです。大仰に構えないのが大切、と言い換えればいいでしょうか? とりあえずスケールを小さめに設定してみるのです。で、その小さなスケールの禁煙が終わったところで、成し遂げた自分を評価するわけですね。「おっ、できるじゃん!」と。

これ、ある程度続けていくと、今度は復活するのがもったいなくなってきます。「ここまで禁煙してきたのに、元に戻るのは何だかなあ…」と。ともあれ、自分を厳しく律しているという意識がないのが、続けられる最大の理由なのではないかと思います。

ところで、なぜ、一日禁煙したか、これ、実は前の日に酔っ払ってタバコを吸いすぎたからでした。二日酔いにはなるし、ともかくタバコなんて気持ち悪くて吸えない。ただ、そんな状態になることを普通の方にお勧めするわけにはいきません。ホント、気持ち悪かったですから。

禁煙の単位で一日というのは、多分、毎日一箱くらい吸ってらっしゃる方には十分長いと思います。そういう時は、その単位を一時間にしてもいいし、10分にしてもいいと思うのです。その10分を積み重ねていけば、すぐに1時間になります。

さらには、10秒という単位でもいい、と考えています。禁煙はもうできてしまったので、いいのですけれど、私には人からは絶対に見えないある癖がありまして、現在それへの応用を試みています。それは、舌の先で歯の隙間を触ってしまう、という癖です。私は前歯の間に微妙に隙間が開いていて、そこに舌をつっこむのが癖になってしまっているんですね。まあ、大したことはないのですけど、たまに舌の先を傷つけることがあるので、何とか直したいなあと思っていたのです。

触りたいなと舌が感じたら、10秒我慢します。その間、意識を呼吸に向けて気を紛らわします(*)。もう一ヶ月くらいやってますけど、結構うまく行っているような気がします。

どなたか、禁煙などで試してみたら、レポートを下さいね。別に「俺はタバコはやめなくてもいいんだ」と思っている人でも、「もしやめてみたら、どれくらい続くもんだろう? その可能性を知りたいなあ」と試してみるだけでもいいかもしれません。

他にも応用がききそうですよね。貧乏ゆすりを直すとか、浪費癖を直すとか…ぎゃあ!


*「意識を呼吸に向ける」という方法については、宝彩有菜さんの著書(書名は失念しました)にヒントを得ました。確か、腹立たしいことに対処する方法か何かで書いていらしたのではないかと思います。


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指が音程に吸い寄せられる時

バイオリンを弾くとき、大抵の場合、音程は「取りに行く」ものですが、調子がいいと、指が音程に寄っていくことがあります。何となく吸い寄せられる感じ。また、すぱっとポジションが決まる感じ。

そもそも上手な人の場合、左手の形がポジションごとにきれいにできていて、ポジション移動が決まれば、音程も難なく取れているように見えます。大学オケにいた時、ある先輩は、左手の動きが芸術的と言っていいほど鮮やかで美しく、見るだけで感動したものです。もちろん、そんな人に限って、出てくる音もそれはそれは美しうございました。

ただ、その先輩が、音程に「指が寄って行く」状況だったかどうかは、聞いてみないと分かりませんが、想像するだに、そうだったんじゃないかなあ。他に、音を外すときは必ず半音きっちり外すという凄い後輩もおりました。ちょっとだけ高いとか低いとかが一切ないのです。

音程に指が吸い寄せられることのメリットは、とにかく楽なことです。音程って、決まらないときは結構いくらやってもしっくりいかなくて苦労しますから(私だけじゃないですよね?)、それが自動的に吸い寄せられれば、とても楽チンだし、簡単に決まると、それ自体、気持ちいいものです。もちろん、曲をさらうのも楽になります。

どんなときに、吸い寄せられるかを、ちょいと考えてみました。

1)やはり音階練習やアルペジオの練習を多少でも地道にやったとき
2)左手が脱力できているとき
3)右手も楽に動いているとき

何や、基礎的なこと全部やないけ! と言われそうですが、まあそうなんすよね。しかし、2)と3)は結構、表裏一体だったりします。で特に大切なのは2)だと思います。左手の指に力が入っていると、音程のほうが吸い寄せたいと思っていても、妨げられてしまいますからね。

というような状況が常に保てるといいなあ、ということで、脱力音階練習の精進を重ねなくては。

で、調やその音の役割によって、微妙に高めにとったり低めにとったりというのはまた別の話で考えたいと思います。


★上記とは関係ない話ですが、ベートーベンの交響曲第7番の第3楽章の弾き方メモを少々(もともとこのブログ、自分のためのメモなんで、すんまへん)

4分の3拍子のこの楽章、四分音符のスタカートを軽やかに弾くのがかなり難しいのですが、右手の肘のベクトルをちゃんと下に向けると、ぼてぼて感が減りました。次の練習の時までに忘れないようにしなければ。


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新しい曲の譜読みばかりしていると基本が崩れる(バイオリンと太極拳)

7月23日、太極拳の「対練」(たいれん)という、二人で向かい合って行う稽古が終わったちょうどその時、地面が下からドンと突き上げるような一発がありました。

「今の何?」
「地震に決まってるじゃないか!」
「一瞬で気づかないとは、もう年だね(^_^;」

などと言いながら、その後、のんきにお茶を飲みに行き、電車に乗ろうと駅に向かったら改札付近が不自然に混んでいる――おお、電車動いてないじゃん! 地震が起こって約1時間後のことでした。

不自然に混んでいるというのは、人の動きが妙ってことです。人が多いのに、よく見ると改札を出入りする流れがほとんどない。改札の中にも結構人が滞っていたんですけど、きっと動き出すのを待っていたんだろうなあ。稽古はウチから5キロほどのところにある施設で行われたので、歩いても1時間くらいで帰れたんすけど、はは、歩かなかったです…。


という前置きはさておき、その日の太極拳の稽古で一つ重要なことを学びました。「対練」の練習では、50以上ある「套路」(とうろ。「型の流れ」のことです)を5回くらいの稽古で覚えるというのが今回の段取りなのですが、太極拳の「套路」はそれ自体がかなり複雑な上、対練では相手がいるため、タイミングのつかみ方や姿勢の取り方が難しさをさらに増します。

その日の稽古をとりあえず終わった後、先生がおっしゃったのは、「新しい套路ばかりを覚えていると、型の基本が崩れやすくなるので、常に注意するように」ということでした。

太極拳の型は、順番、つまり套路を覚えるのが大変と言われますが、実はそれは序の口で、型をちゃんとした形に落とし込むのが、異常といっていいほど難しいのです。型をいったん覚えた後、ようやく本当の稽古が始まると言ってもいいほどです。

太極拳には様々なヴァリエーションがありますから、一つ覚えると次にチャレンジしたくなるものです。が、新しいことばかりやっていると基本がおろそかになる…

いやあ、どこかで身に覚えがあるなあ、と思ったら、やっぱりバイオリンでしたね。いつも新しい曲の譜読みばかりやっていると、基本が崩れる。技術的なものは何でもそういう部分があるのでしょうね。太極拳は基本功、バイオリンは音階練習を忘れてはいけない、ということで自戒。逆に音階練習を怠らないと、労せずして音程がすぽっとはまったりすることも多いから、却って能率的。それもきっと太極拳と一緒です。

ちなみに、電車はまったく動く気配がないのでバスに乗ろうとしたら、長蛇の列を成している上に来るバスが満員で列があまり減らない。当面乗るのをあきらめ、ファミレスでしばらく時間をつぶしてから、待ち人の減ったバスで帰りましただ。昨日のコメントで少し書いた通り、勢い余ってサーロインステーキを食っちまって脂が体内にたまった感じがするので、今日は健康食!と考えていたのですが、今日の夕食もなぜかウチでステーキが。(^_^; きっと昨晩の私の話に影響を受けたに違いない。しかも、拒否しない私。うまかったっす。明日からは健康食生活じゃ。


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オーケストラの響き

オーケストラの響きがどのように出来るかを存分に語るのは難しいですが、同じオーケストラでも魔法をかけられたように音が変わることがあるから、現象としては面白いですよね。

N響(NHK交響楽団)は、元々第一級の技量を誇るオーケストラですが、時によって、さらに素晴らしい響きを持つことがあります。7月22日に聴きに行った「N響「夏」2005」(*演奏会概要は文末)というのが、まさにそんな演奏会でした。

指揮者は、6月に私の所属するオーケストラを指揮したキンボー・イシイ=エトウさん、ハープ独奏がウィーン・フィルの貴公子系(^_^;ソロ・ハーピストのメストレさん(男性です!)、ソプラノ独唱が往年のカラヤンが重用したというシントウさんという豪華な顔ぶれ。

オーケストラの響きに「おっ!」と思ったのは、ボアエルデューという作曲家のハープ協奏曲のときでした。恥ずかしながら、知らない名前だったので、現代音楽かと思って聴きに行ったら、モーツァルトのちょっと後、ベートーベンくらいの時代の作曲家でした。

否定形で表現するのも何なのですが、「こりゃあ、日本のオーケストラの音じゃないねえ!」という感じ。明るくて広がりのある豊かな響きなのですね。しかも、それが、決して響きがいいとはいえないNHKホールで起こったことでしたので、大いに感心してしまいました。

指揮者のキンボーさん、確かに私たちのオーケストラには魔法をかけて下さいましたけど、技術的にも音楽的にも熟成したN響にも魔法をかけたのかなあ。シントウさんのような巨匠の音楽家が出演するというだけでも、変わるかもしれませんし、キンボーさんと相性のいいコンサートマスターのマロ(篠崎史紀)氏がいいリードをしているのかもしれませんし、いろいろ複合的な要素はありそうですけど、秘密を知って、可能な部分ではアマチュアの私たちも参考にしたいものです。


*「N響「夏」2005」概要
指揮:キンボー・イシイ・エトウ
独唱:アンナ・トモワ・シントウ(S) 独奏:グザヴィエ・ドゥ・メストレ(hrp)
曲目・演目 ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲、ボアエルデュー:ハープ協奏曲ハ長調、ロッシーニ:歌劇「ブルスキーノ氏」序曲、ヴェルディ:歌劇『オテロ』より柳の歌「泣きぬれて野のはてにただひとり」「アヴェ・マリア」、マスカーニ:歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲、チレーア:歌劇『アドリアーナ・ルクヴルール』より「わたしは神のいやしいしもべです」、プッチーニ:歌劇『ジャンニ・スキッキ』より「私のお父さん」



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ブログでセルフコーチング

最近は「コーチング」という言葉が結構流行ってますけど、海外(多分米国)のように、企業のトップなんかが年に数十万円支払ってコーチングを受けるみたいなのは、どれくらい定着しているんでしょうね。

私は、「コーチング」という言葉が流布する以前、恐らく今から4~5年くらい前に、コーチングの実験台になったことがあります。コーチになる勉強をしている女性から頼まれたのですが、実験台には、あまり近い知り合いでないほうがいい、ということで、仕事で何度か話したことがあった程度の私が選ばれたわけです。

もちろん、と威張ることはないのですが、当時の私は「コーチング」という言葉を聞いたことはありませんでした。もう数年前のことなので、実際のコーチングで話した内容はうろ覚えですが――
◎「現在のあなたの問題は何ですか?」
■「お金が足りないことです」
◎「どうすれば解決につながりますか?」
■「毎日使うお金を少しずつ減らすのはどうかな?」
◎「例えば?」
■「会社でランチした後に毎日付き合いで行っている喫茶店でコーヒーを飲むのをやめるとか…」
などなどのスケールの小さな話を繰り広げました。

内容のせこさはともかく、自分で課題を発見し、自分で解決法を探っていくという手法には、結構な魅力を感じました。これはなかなか自分一人の中で問答をしているだけでは具体的な展開につながらいと思うからです。そもそも、課題をはっきりした形で認識することも、何となく避けてしまいがちですし。

本当かどうかは知りませんが、海外の企業のトップはみんなコーチングを受けているというような話にも、納得するだけのパワーを感じたものです。

しかしまあ、私はトップでもなければ、年に数十万円をコーチングにかける度胸もないので、実際にコーチングを受けることはなく、たまに市販の書籍や雑誌で関連情報を読むという程度にとどまっております。

そこで考えたのが、ブログをセルフコーチングに使えないか、ということです。私の例で行けば、バイオリンや太極拳や英会話のように、精進を目指していることの話題にブログで触れたときに、課題を書き出しつつ、解決策も自答してみる。

どうでしょう? コーチに質問されることはないにしても、読者がいる可能性のあるところでは、他人の目が入るという頭が働きますから、自答についても、例えば単に紙の日記に書くよりは、自分に厳しくなる(あるいは、カッコつける)可能性があるんじゃないかなあと思います。目標の設定に向いているような気がするのですね。

「セルフコーチング」を銘打った書籍もありますが、啓発本の宿命で、やはり読んだだけで終わってしまうことも多いでしょうし。その点ブログに書くというのは、能動的な行動ですからね。

というようなことを、昨日の英会話ネタを書いてから考えたのでした。

何かを成し遂げたい時に、ブログに書く! 読んでくれる人がゼロでも構わない。読者がいる可能性があるというだけでいいのです。最後まで読んでくれた方、ありがとうございました。

ところで、「自分の家の掃除」なんかも、その課題になりうるのだろうなあ…。うっ、いきなり挫折しそうだ。(^_^;


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たまには英会話の話題

いやはや、英語が聴き取れない、しゃべれないというのは、学生時代に結構勉強したのに何だかなあ、ということで、昨年10月くらいから、従来の私から比べると少々気合を入れてやっとります。とはいえ、もう9ヶ月もやっている割には、CNNやBBCのニュースがまだちゃんと聴き取れない…

ってなことは、まあ仕方ないとして、それでも昨年に比べると聴き取れる単語は圧倒的に増えました。ニュースの内容によっては多少理解できるようになっただけでも画期的なことなんですねえ。

実は私の母親は、ちゃんと会話のできる英語教師で、私が小学生の時に英才教育を試みようとしたのですが、あえなく挫折したという折り紙が、私にはついております。

高校あたりになると、会話とはまったく関係のない受験勉強にいそしんだのもでかいのでしょうが、やはり本人の資質による部分もでかい。

でも、悔しいのですね、実際にたまに外国人の方と接する機会があって、聴き取れない、しゃべれないのは。

ということで、最近やっているのは――
・「DUO3.0」という市販のテキストに出てくる例文の音読と聞き取り
・ネイティブの先生のところに時々マンツーマンレッスン
・機会があったら、CNNやNPRを聞く
・たまにCD付きの英会話雑誌を買う
などです。

「聞き流すだけで~」というのもしばらくやりましたが、私の場合だけなのかどうか、聞き流すだけでは進歩しないとは言いませんが、進歩が足りません。

その後始めた「DUO3.0」は、驚くほど語彙力のなさを自覚させてくれまして、最初は一生懸命書いて、音読して、それからリスニング。現在は3巡目です(2巡目からは、書くことはやってません)。これに関しては随分リスニングだけでも分かるようになってきました。

で、最も効果があるなあと思ったのは、音読ですね。そんなこと分かっているよって言う方、いっぱいいると思います。あちこちのサイトやブログに書いてありますもんね。でも、世の中に溢れている英会話商品には、リスニングに重点を置いたものが多く、ちょっと私にも刷り込み入ってましたです。音読は、やった翌日とやらなかった翌日では明らかに聞き取れ度が違うのですね。もちろん、ネイティブの真似をした音読がいい模様です。

とか偉そうなこと言って、まだまだなんすけど、目標は、10月までにCNNのニュースを普通に聴けることです。とここで断言しておけば、自分にはっぱがかかるだろう。

と、こんなことを書き散らせるのはブログの魅力だなあ。(最後まで読んでくれる人はいなくてもいいんです(^_^;)
失礼しました。m(_ _)m


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バイオリン・ヨガ

7月18日のこのブログに書いたバイオリニストの方は、言ってみれば、バイオリンを弾くことをヨガにしてしまっているのではないかなと思います。人間の普通取る姿勢から考えるととてもゆがんで体に悪そうなバイオリンの演奏は、果たしてどうすればヨガになるのか…。

龍村修さんというヨガの指導者の方は、「動作と呼吸とイメージがあればヨガになる」と「日経ヘルス」2005年8月号の連載記事で言っています。動作はもともとバイオリン演奏にはついてますし、呼吸は意識すれば演奏と連動可能であることは、誰でも想像がつくでしょう。残るは、「イメージ」ですね。

バイオリニストに限らず、優れた演奏家や指揮者は、往々にして豊かなイメージ力を持っていることに、感心します。別にそれは、草原の景色とか、悲恋とか、そんな具体的な情景や感情を表すものでなく、単に音楽をどう表現しようという抽象的なものであることも多いのですが、とにかく、確実に「こうしたい」というのがあって、しかも、それが独りよがりではなくこちらが共感したくなるような内容なのです。

翻って、ヨガにおけるイメージとは、「体内から毒素が出て行く…天空からエネルギーを取り込む」とかそんなのかもしれませんが、音楽に振り替えるにあたり、創出するイメージが呼吸と一体化すると、かなりヨガの世界に近くなるのではないかと思うのですね。

随分昔、ある先生からレッスンを受けた時の話、まさに「息の長い」ソロを弾く際に、ここで息を吸って、ここからゆっくりここまでで吐く、と、事細かに呼吸について指示されたことがあります。呼吸を音楽と合わせると、流れや歌が自然とできてきますので、全体のイメージも作りやすくなりました。

なので、バイオリンにおけるイメージは呼吸と一体化したものではないか、というのが、今日の仮説です。そのうち「バイオリン・ヨガ」なんて本でも出してみたいものですね。(「ヴァイオリン体操」という本は、すでに存在しますが…)


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リラックスと覚醒は表裏一体?

体とアタマをリラックスさせると、意識は覚醒する――この一見相反した状態が同時に成立するのは、なかなか面白い現象だと思います。

このブログで以前書いた中では…
◎胸のあたりを意識的に緩めると、朝寝起きでぼけぼけだったアタマがすっきりした気分になって覚醒する(6月18~20日)。
ということで、すでに言及しておりますが、
7月17日に書いた
◎骨盤のゆがみを直すポーズが体全体を緩ませる
というのを、今日突然襲って来た眠気に応用したところ、それなりの効果があり、アタマが覚醒に導かれたように思います。

これは、鶏が先か卵が先か、みたいなところがあって、意識が覚醒してすっきりした気分になるのでリラックスするのかもしれません。アタマが重い状態だとリラックスできませんからね。あるいは、「リラックスと覚醒は表裏一体」と言っても間違いではないのかもしれません。

仕事で読まなきゃいけない文書があるのに、ちょっと注意散漫で上手に読めない、なんて時にも使えますので、いろんな応用が利きそうです。

今日は、バイオリンを一人で練習しているときにも少し睡魔君がやって来まして、その時はこのことに思い至らず試さなかったので、能率が少々落ちました。今度そういうことがあったら、「リラックス覚醒術」を試してみようと思います。もっとも、練習中に睡魔君がやってくること自体、ひょっとすると、体の使い方がまだできていないために酸欠を引き起こしている可能性もないとは言えないので、そっちも反省してみますです。


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ヨガの創始者とはこんな人だったのかも

「ヨガの教室でも先生のおっしゃっていることと同じことを教わりました」「先生の教えてくださったことが、アレキサンダー・テクニークの本(*)に書いてありました!」――音大で生徒を持っているあるバイオリニストの方とお話をさせていただいた折に、レッスンのときに自分の生徒がよくそんな話をする、とうかがいました。

生徒さんは、一流のプロを目指しているような方々なわけで、すでにバイオリンの基本的なテクニックは習得済みなのですが、恐らくほとんどの無駄な動きの排除に成功しているそんな人々でも、ヨガやアレキサンダー・テクニークを学んで、体の使い方をより深化させようと努力していることに一つ感心。さらに凄いなあと思ったのは、先生のほうは、ご自身ではヨガもアレキサンダー・テクニークも習ったことはないそうで、楽器を弾くのに必要だと思うことを教えると、自然とそんな内容になるということです。それも、単に右手の肘の角度とか言った外面的な指摘ではなく(音大生は、多分その辺りはとっくにクリアしているに違いない)、体の内部の使い方が課題になるというのです。

音楽家向けの「アレキサンダー・テクニーク」の本、いつだかのこのブログのコメントで、難しすぎてよく分からないと書いた記憶がありますが、その先生は、生徒さんに見せてもらったその本に書いてあることがよく分かるとおっしゃってました。そうした体の使い方を、自分のものにしているからなのだと思います。

ヨガを創始した人が誰か特定の個人で存在するとすれば、この先生のような人だったのかもしれませんね。楽器演奏のように何かをするのに必要なことを人に教えようとしたら、それが今のヨガだった、みたいな。まあ、楽器演奏のような細かいことではなく、より心地よく生きるため、とか、そんなレベルだったかもしれませんけれど。そういえば、アレキサンダー・テクニークの創始者も、演劇関係の英国人でしたね。武術が呼吸法の習得と一体化していることにもうなずけます。


*「音楽家ならだれでも知っておきたい「からだ」のこと―アレクサンダー・テクニークとボディ・マッピング」(バーバラ・コナブル著、誠信書房)


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骨盤のゆがみを直すポーズが、簡単に体全体を緩ませる!

「骨盤のゆがみを直す」――どうも、このところの健康ブームのキーワードの一つになっているらしいです。先日、電車の中で関連書籍をちょっとだけ見せてもらったんですが、中に「上がり対策」というのがなぜかあって、アマチュア・バイオリン弾きの私は、つい飛びついてしまうわけです。で、そこでやるポーズ、自宅でやってみると、体全体を緩ませる効果がありました。

ちょっと見せてもらっただけなので、本の名前すら忘れてしまったのですが、そのポーズは簡単です。

1)脇を締めた状態で両手を肩の位置まで上げる。(力は入れない。呼吸は普通)
2)手のひらは、普通に開いた状態と、幽霊のようにだらりと下げた状態のどちらか楽なほうを選ぶ。
3)水落の辺りが暖かくなるまで、そのままの姿勢で。

私の場合、この姿勢をやっているだけで、随分「気」が体を通る、あるいは、血流が体を巡る感じがします。水落が暖かくなるまでやらなくても、ある程度やって普通の姿勢に戻ると、かなり体が緩んだような感覚を体験することができました。

実は最近、「ゆる体操」も毎日少しずつやってみてるんですけど、上記のポーズをやる前と後にゆる体操をやると、後にやったゆる体操のほうが体に馴染んでいる感じがするのですね。

これは、すっごく簡単なので、バイオリンを弾く準備としても使えそうです。時間、計ってませんけど、せいぜい1~2分でもある程度の効果はあるんではないかなあ。


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室内楽が交響曲を変える

ウィーン・フィルというオーケストラのアンサンブル力が高い理由は、団員が室内楽を頻繁にやっていること、と言います。事実、日本には年中、ウィーン・フィルのメンバーによる室内楽団体が来日、麗しい音色を聴かせてくれます。

一方、日本のアマチュアの私たちも、大学でオーケストラをやっていた時に、室内楽の重要性を先輩たちに随分説かれたものです。私は福岡県出身なんですが、大学で東京に出てくるまで、弦楽四重奏曲はドボルザークの「アメリカ」くらいしか知りませんでした。

当時は、東京でもクラシック音楽専用ホールと言えば東京文化会館などしかなかったのですが、それでも室内楽の演奏会は頻繁にあり、「おお、地方とは随分違うもんだ」と感心して、ホールに足を向けたものです。先日、ヴィオラ奏者のトマス・カクシュカさんが亡くなったアルバンベルクカルテットの演奏会にも、学生としては大枚はたいて出かけ、大いに感動した記憶があります。(まだお若いのに悲しいです)

お蔭様で、自分たちで室内楽を演奏する機会にも恵まれました。オーケストラってのは、音が多すぎるせいか、油断すると、自分が弾くことだけに一所懸命になっていることがしばしばあり、「もっと他のパートを聴く様に」と指導者や先輩に言われるわけですが、弦楽四重奏だと、他のパートを聴かないってわけにはいかないんですね。だから、他のパートと合わせることの重要性が分かる、って仕組みです。

で、室内楽を多数経験したことにより、オーケストラで弾く能力が実際に上がったかっていうと、これがまた悲しいことに、微妙なところで、まったくやってないよりは随分ましかとは思いますが、まだまだだと思うことも多い今日この頃です。

しばらく前にこのブログで、その対策として「脳のリラックスを」ということを書きましたが、今日は別の話。もう少しオーソドックスです。

現在、9月にベートーベンの交響曲第7番をやる予定があるので、カルロス・クライバーの演奏なんかを聴いているのですが、時々、プロ・アルテ・アンティーク・プラハという団体が演奏している同曲の弦楽五重奏版を聴くようにしています。

音の処理なんかは、室内楽版をそのまま真似するわけにはいかないところも多々あると思うのですが、録音を聴くときでも、室内楽版だと各パートがオーケストラよりもクリアに聴こえてくるので、この曲の魅力が再発見できたりする、それがなかなか嬉しいのですね。

この曲のセカンドバイオリンとビオラは、第1楽章と第4楽章に少々肉体労働的な雰囲気が漂っているのですが、それがクリアに聴こえてくると、素晴らしく魅力的だったりするのですね。もちろん演奏もうまいんですけど、クライバーのほうだって、オケはウィーン・フィルですからねえ。で、室内楽版を聴いてオケの練習に臨むと、これがまたなかなか新鮮でよろしいわけです。

少々長くなりますが、関連でもう一つ。今を遡る∞年前、宇都宮大学のオーケストラにエキストラとして参加した時のことです。合奏はオーケストラの部室であったのですけど、後ろのほうに張り紙がしてあって、弦楽器奏者の恐らく全員がカルテットだかクィンテットだかを組んでオーケストラの曲を練習するというようなことが書いてあったのですね。これは、室内楽を奨励していた自分のとこの大学オーケストラでもやってないことで、素晴らしいことをやっているなあと感心したものです。

曲目はブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」だったので、長いトレモロのところまで合わせたかどうかは知りませんが、動きのあるところだけを合わせても、随分勉強になりそうな気がします。もちろん、管楽器の動きは別に押さえる必要がありますけど、まずは弦楽器の中でアンサンブルを作ることが重要ですからねえ。

なかなか社会人のオケになると、そういった試みをする時間も取れませんが、室内楽の心を焼き付けてオーケストラの練習に臨む、ということだけは心がけたいものです。




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「デザートには絶対に手をつけない」

なぜタイトルは「」で括られているのでしょう? それは、この一言が書籍からの引用だからです。その書籍とは――『ヴァイオリンを愛する友へ』(Y・メニューイン著、音楽之友社刊)。魚ーーーーー!(←叫び声です(^_^;) 魚丸さんを呼んだわけではありませーん。m(_ _)m)

メニューインは、言わずと知れた20世紀の大バイオリニストです。メニューインがヨガをやっている話は、以前少し書きましたが、かなりの健康オタクだったようで、食事にも大変気を使っていたようです。加工食品に溢れたアメリカを「自殺願望の社会だ」とも言っています。

デザートに手をつけないことに関しては、「絶対に」という言葉までつけちゃってる…。今日も、仕事の休息を取るために街中で入ったコーヒーショップでミルクレープを食べてしまった私は、メニューインにはなれそうにありません。呼吸法とか太極拳とか、負けないくらいやってるつもりなんだけど…。何せ「絶対に」ですからねえ。


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ポルターガイストvsのだめ

「私の遺言」「冥途のお客」という佐藤愛子さんの本を2冊読了。佐藤さんご自身の体験に基づくたくさんの霊魂話、おどろおどろしさや陰惨さがまったくなく、ある意味、淡々と綴っているのが、真実味を増しています。今売れっ子の江原啓之さんや美輪明宏さんも頻繁に話の中に出てきて場を盛り上げ、私の世代には懐かしい遠藤周作さんの霊などが冗談のように登場したりします。

佐藤さんは、ある時期になって突然、身の回りでポルターガイストのような現象が起きるようになったそうです。ただし、目の前で物が勝手に動くのではなく、気づいたら移動している。正確な内容は忘れましたが、冷蔵庫の中のものがテーブルに乗っていたり、子供の宿題がなくなって、そしてまた突然出てきたり、みたいな。

私は佐藤さんのような霊体質ではないので、守護霊も背後霊もまったく見えませんし、身の回りでポルターガイストも起きません。

どうせ起きるなら、ウチの中で散らかっているものが、朝になったら全部片付いているといいな。何せウチは、「のだめカンタービレ」(←流行っているマンガです)の「のだめ」状態、千秋真一(「のだめカンタービレ」のクールな登場人物)でなくてもうぎゃあというほどの散らかり具合なのです。

ただし、夜中いっぱい、ごとごととうるさくて寝られないのは勘弁ですね。佐藤さん、大変だったろうなあ。


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野生の王国

「動物園」――最初はこう表現しようかと思ったのですが、「野生の王国」に変えました。何のことかって? 西野流呼吸法を教える西野塾の稽古場の一コマを描写する言葉です。最近の稽古の後でひらめいたので、とりあえず書いてみることにしました。

細かな説明は省きますが、西野流呼吸法によって得られるのは、全身の細胞の活性化です。実際にやっていると、体の隅々の毛細血管に血がしみ渡るような心地よい感覚を覚えます。

呼吸法にある程度熟達し、全身の細胞が活性化するようになった塾生たちは、非常に元気になります。エネルギーが体中に満ち溢れる感じです。稽古が2時間あるうちの後半の「対気」の時間になると、走り回ったり、飛び跳ねたり、雄たけびを上げたりする塾生が、老若男女問わず続出します。声だけを聞いていると動物そのもので、人間も他の動物も、声帯の構造は大差ないんだな、なんてことも思ったりします。そして何より、みんなとても楽しそうなのが、いいところです。

残念ながら私はアフリカのサバンナや密林を旅したことはありませんが、上記のような、“動物たち”の自然の咆哮に満ちた空間に例えるのが最も適切な比喩かなと思い、タイトルを「野生の王国」にしてみた次第です。「動物園」だと、囲われたイメージがありますが、「囲い」を感じない開放的な場所なのです。

思えば、子供はよく走るし、よく飛び跳ねます。多分ほおっておけばそのまま野性味を維持した大人になるのではないでしょうか? 現代社会で生きていくにあたり、小学校では「廊下は走るな」と教えられ、授業中は静かに席についていなければなりません。まあそれは必要なことなのですけど、そのために抑圧され、封印された感覚というものが、あるように思います。

というわけで、西野塾に限らず、本来は動物の一種である人間の本性を一時的にでも取り戻す場があると、世の中からはもっとひずみが少なくなるような気がしてなりません。

塾生に学者さんが多いのも、そうしたことと照らし合わせると面白い現象だなと思います。指揮者、ピアニスト、声楽家など音楽家の方も結構います。お会いしたことはないのですが、バイオリン奏者もいたはず。音楽と言うのも理性の賜物と言えますから、そういう意味では、音楽家も学者に近い存在だなと思うのですね。野生を取り戻す経験をすることで、バランスの取れた人間になれば、研究や演奏にも大いなるプラスがありそう。というわけで、私も、人のことばかり感心していないで、いろいろと自分のグレードアップを図りたいものです(急に「現実モード」に(^_^;)。




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世の中意外とクールビズしてますね

私が通っている会社は東京都千代田区にありますが、電車の車内や街を歩いている人を見ると、結構ネクタイしてない人が多いですね。(もっとも、私はもう長年勝手にクールビズしてますが(^_^;) クールビズ、予想以上に広がっているなというのが実感です。

知り合いには、「ネクタイをしないと格好がしまらないから」と、クールビズどこ吹く風、という人もいたので、どないなもんかなあと思ってましたが、ノーネクタイ、特に今日はかなり多く感じました。梅雨なのに猛暑に近い気温の日が多い、というのも、クールビズの普及に一役買っているかもしれませんね。

ヤフーのニュースサイトには、格好はクールビズになっても、電車や商業施設で温度設定が変わらないことを指摘する記事がありました。まあ、報道記事が批判的なのはいいことなのですが、オフィスの多くが2度ずつ温度を上げるなら、それなりに効果はあるような気はするので、まあよしとする部分もありそうです。普通のオフィスの温度設定についての調査報道も欲しいですね。

なお、私のブログ的方策としては、「心頭滅却すれば火もまた凉し」ってな感じでしょうか。(^_^; 気功の力で涼しく感じられる自分を作るのだ。難しいんですけどね。でもね、太極拳や呼吸法を始めてから、以前のように過度に汗をかかなくなったのですよ。自律神経の制御が多少うまくいくようになったのではないでしょうか。

気功の達人は、人の手に一定の距離から気を送ったとき、熱くも涼しくも思うようにできるそうです。私はまだ熱い気しか送れませんけど。あと、意識の力で額を涼しくするのは、気功だけでなく、シュルツというドイツ人が開発した自律訓練法でもあったかと思います。

意識の力というのも結構凄いのですね。暑いと思わなければ暑くないときってありますもんね。いろいろ研究と鍛錬の余地がありそうです。




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楽器との出会い

「チェロと出会ってから20年になります」――こんな言い方をされていたのは、昨日このブログで書いたチェロとパントマイムのパフォーマンスに出演されていたチェリストの方です。インタビューの了承を取ったわけではなく、個人的に話をうかがったことですので、実名を出すのは控えさせていただきますが、実験的な音楽の分野では、有名な方のようです。たくさんのエフェクターを使い、多重録音に自分のライブ音をかぶせるなどの手法で、即興的な要素を巧みに取り入れて新時代の音楽を紡ぎ出す様は、スティーヴ・ライヒも顔負けと感じました。

なぜ冒頭の一節をあえて取り上げたかというと、「出会う」という言葉を使われたからです。これはまさしく、相手、つまりチェロに対してひとかたならぬ感情をお持ちであることの表れだと見ました。しかも、驚いたことに、チェロを先生について習ったことは、今まで一度もない、と言います。

ちょいと死語を使わせていただきますと、この方は大変かっ飛んだ演奏をしていらっしゃったのですが、それは確かな技術に裏打ちされた演奏でした。例えば、ピカソのアバンギャルドな作品が、実はしっかりしたデッサン力に支えられているのと同じです。

私はこの方、技術がしっかりしているので、音大を出た後、クラシックではない道を選んだのだろうと勝手に想像していました。実は、休憩時間にバッハのような曲も弾いてましたし。ところが、衝撃は音大出ではなかっただけではありませんでした。何歳でチェロを始めたかはうかがわなかったのですが、諸データから類推すると、20歳を過ぎてチェロとの「出会い」があったようなのです。

もちろん、独学で技術を習得する才能をお持ちなのでしょうけど、根底には、チェロへの限りなく強い「愛」があるような気がしませんか。まあ、愛があるだけではうまく行かないのもよくある話で、片思いで終わらないためには、研究もされたようです。「癖を悪いことと決め付けず、逆に生かすことだ」と、その一部を教えていただきました。

一目ぼれだったのか、ある程度交際を重ねて愛を育んだのか、聞いておけばよかったですね。

それにしても、世の中には、まだ知らない素晴らしい方がたくさんいるのだろうなあ。


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東洋と西洋の出会い[からだの使い方編]

江戸時代の浮世絵が印象派に影響を与えたジャポニスムなど、東洋と西洋の出会いは、変化や深化をしばしばもたらすものです。そんな大仰な話ではなくても、海外旅行から帰って来るだけでも、何となく性格がオープンになっているような人も時々いるので、異文化、異気質の出会いが、人間や文化に変化を呼ぶのは、ごく自然なことだと思います。

私の特許ではまったくありませんけど、太極拳や東洋気功をバイオリンの演奏向上に役立てるのは、東洋と西洋の出会いの一種ですね。メニューインがヨガの呼吸法をやっていた話は有名ですし、「ヴァイオリン体操」の著者である神原泰三さんも合気道や気功をやってらした方です。西野流呼吸法の西野塾には、鈴木雅明さんや北原幸男さんのような一流の音楽家も通ってらっしゃいます。東京のプロオケのあるコンサートマスターは、ヨーロッパに留学していたときに少林拳をやっていたそうですし、素潜りで有名なジャック・マイヨール(故人)や高木沙耶さんもヨガをやっています。

先日は、ある美術家の個展を見に行った時にチェロとパントマイムのパフォーマンスがあったのですが、パントマイムの方に話をうかがったところ、少林寺の気功をやっていると言います。パントマイムと言っても、以前よくタモリが真似していた「壁」みたいなひゅっひゅっとや動くようなやつではなく、非常にゆっくりした動きの連続で様々な表現をするものでした。パントマイムは西洋のパフォーマンスですが、油断していると、表現が上半身に偏りがちになるので、気功はその是正に役立つというようなことをおっしゃっていました。気功は全身の気の流れをよくしますが、重心が上がらないような鍛錬もしますので、効果があるのだろうと思います。

洋の東西だけでなくアフリカやアボリジニ、米大陸の先住民などの文化の出会いにも意義がありそうで、興味は尽きませんね。


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胸ゆるの定着

このところずっと「胸ゆる」を心がけて来ました。太極拳で習ったことの応用です。どんな場で心がけたかというと――

・朝起きて、あまり時間が経ってなくて、体がまだ固まっているとき
・太極拳の練習中
・バイオリンを構えて弾き始めるとき
・バイオリンを弾きながら、まだ緩んでないなと感じたとき
・仕事中を含む日常生活の中で何となく体を緩めたいなと思ったとき

随分習慣になってきたようで、太極拳の先生からは、「今日はいい感じですよ」と言われるようになりました。

実は、胸の辺りを緩めるように太極拳の先生に言われ始めたのは、それほど最近ではありません。それがここに来て多少でも出来てきたのは、恐らく、太極拳の練習以外の時間にもやるように心がけたからだと思うのです。太極拳の練習なんて、そんなにしょっちゅうやっているわけではないので、その時だけだと習慣化しない、ということなのでしょう。

中でも、バイオリンの練習中にやるのは、バイオリンのためにももちろんいいのだけど、「胸ゆる」の定着のためにも役立っているなあ、と感じています。何かしら、「バイオリン+胸ゆる」の組み合わせが、いい感覚として体の記憶に印象づけられているのかな、などと思っています。


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松脂の塗り具合

バイオリンを弾くとき、弓の毛に松脂を塗ります。これまで私は松脂に関してはかなりデリケートでした。松脂によって生じる弓と弦の摩擦から弦が振動して、バイオリンの音が出る。つまり、音の出方を左右する物質ですから、大変大切な存在なので、ある意味、デリケートで当たり前とも言えます。

ただし、松脂というのはそうそう減るものではないので、一つバイオリン用の松脂を持っていると、何年も使えます。使い方によっては何十年ももつかもしれない。(^_^;

小学校の高学年でバイオリンを始めてから、大学生の途中までは松脂を買った記憶がないので、ひょっとしたら、最初に楽器と一緒にセットみたいにして買った松脂をその頃まで使い続けていたのかもしれません。

で、大学生のとき、多分松脂が割れたからだと思います、新しく買いなおしたのですね。すると、音が凄く荒れ始めたのです。松脂を変えたのが第一の理由であることは明らかでした。ところが、割れた松脂は捨ててしまっていたので、どんな銘柄か分からなくなっていました。とにかく荒れた音で弾くのは大変不快ですから、何種類も試してみました。

その結果、「前使ってたのとは違う気がするけど、まあいい感じかな」というのに出会えて、しばらくそれを使っていました。ヒルとかいう銘柄だったかな。ただ、この頃から、松脂の量にとても敏感になった記憶があるのですね。塗りすぎるとダメなんす。レッスンの先生からは、毎回よく塗りなさいと言われるんすけど、そうすると弓のコントロールが難しくなりまして。

最近、その理由がようやく分かりました。やはり脱力がうまくできていなかったのですね。このところ、いい感じで脱力できたなあと感じるときは、松脂をちゃんと塗ったほうが弓のノリがよくなっていい音が出ます。逆に塗らないと、変に力が入りがちになることも発見。音がすかすかしちゃうから、無理な力を入れてしまうのですね。

それ以来、毎回楽器ケースを開けるたびに松脂を塗るようになりました。なお、一度松脂を塗った後、ちょっとしか弾かなくても、時間が経つと落ち着いてしまうのか、次の日に弾くときはまた塗り直したほうが効果がある模様です。ちなみに、現在は、黒猫という銘柄を使用しております。


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美しい道具

道具と言うのは美しいものだ、と、しばしば思います。考えてみれば、バイオリンだって、音楽を奏でるための道具にすぎません。でも、その形は実に美しい。

道具についてそんなことを改めて考えたのは、今、上野公園の国立西洋美術館で開かれている「ドレスデン国立美術館展」に、あまりに美しい道具の数々が出品されていたからです。それも、測量用の道具とか、製図のための三角定規とかコンパスとかが素晴らしいのですよ。さらには、敵と戦うための道具である武器がまた絶品だったりします。

この展覧会、ポスターなんかではフェルメールとかレンブラントの作品があるのが「売り」になっていて、確かにそれらも素晴らしいのですけど、展示室の最初のほうで見られる上記の道具に、まず凄く目を奪われるのです。フェルメールの作品が霞んでしまうくらいに。

現代人でも道具にこだわる人はデザインを大切にすると思いますので、それは昔から変わらないのでしょうね。

ちなみに、美しい「武器」は、イスラム圏から収集したものだそうです。17世紀くらいのもの。こんなに美しい道具で戦っていいのだろうかとさえ思えるほどでした。シンプルの中に究極の美を持つ日本刀は欧米のオークションでも人気の品となっていますが、イスラムの武器も、同じくらいの人気アイテムになっても不思議じゃない気がします。

自分で持つのは、仮にきちんと手続き・管理環境を作って銃刀法をクリアしたとしても、何だか怖いので、やめときます。実はウチには太極剣はあるのですけど、切れない練習用のものですから、大丈夫です。。。(何が…(^_^;))

※書いた時には事件の発生を知らなかったのですが、上記の文章をブログにアップした2~3時間くらい前にロンドンでのテロが起こっていた計算になります。犯人がイスラムと断定されたわけではありませんが、少々タイミングがよすぎました。報道は少々遅れていると思いますから、ほとんど同じ頃と言えるかもしれません。
日本刀の歴史では、武器が美を深く追求するのは、実際に武器としての実用性が失われる平和な世の中になってからです。調べきれていませんが、イスラムでも、同じようなことはありうるのではないかと思っています。美しい武器の登場が平和の表れであり、実用性が失われる世の中となることをこいねがいたいと思います。また、テロのような汚い行為は、何があってもやめて欲しいものです。



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楽器の調子

バイオリンを弾いていて、楽器の調子が悪いな、と感じることが時々あります。特に梅雨時は、「今日は鳴りが悪いね」などと思ってしまうものです。しかし、実際には、楽器本体の調子が悪いことはほとんどなく、大体次の4つのどれかが原因のことが多いようです。

1)弦が古くなった
2)弓の毛が古くなった
3)松脂を塗っていない
4)ボーイング(運弓)のコツを忘れた

もっとも多いのが、4)です。しばらくさらえない日が続くと、ある程度は仕方ないのですが、自分でも情けなくなるくらいに、コツを忘れていることがあるのですね。先日は、何かしら弓の返しに今ひとつうまくいかない感じがあるので、以前このブログにも書いた自分のための覚書「提琴右手七箇条」の第2項あたりを心がけたところ、右手指先の柔軟性を思い出して、「ああやっぱり忘れていたのね」と思った次第です。年数だけは結構弾いているのだから、基本的なボーイングくらい、そろそろ体に染み付いてもいいはずなのにね。しかしまあ、悪い癖まで忘れなくなると困るから、痛し痒し、って感じかな。

ただし、楽器屋さんで診てもらったら、表板が剥がれていたなんてこともありますので、楽器を可愛がるためにも、たまにメンテはしておいたほうがいいですね。

ところで、3)については書きたいことがあるので、日を改めまして。


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木に上る人間を目指す

「旭山動物園のつくり方」(柏艪舎刊)という本を読了。日本最北の小さな動物園が、上野動物園を抜いて入場者数日本一になったその秘密を探る、という内容で、動物と人間が地球でともに生きていくためにはどんな発想が必要か、なんてことをよく考えさせらるいい本でした。「入場者数日本一」という世俗的なコピーで読者を獲得しながらも、中身は立派です。動物たちにとって、自然での生活により近い環境を作るという趣旨なのですが、なかなか深いのです。

その他の評は、アマゾンさんあたりにまかせておくとして、今日は、最後のほうに載っていた、園長さんと立松和平さんの対談の中に出てきた話にちょっと注目してみました。「動物は木の上に登ると、外敵からの危険を避けやすいので安心していられる。人間は木から降り、離れてしまったので、身を守るために集団で群れるようになった」というような話です。

というのは、たわいもないことなのですが、もうすぐ2歳になるウチの次男坊、さすがにまだ木には上りませんけど、とにかく上れるところはどんどんどんどん上ろうとするのですね。多少足場が細くても上るし、親の肩を踏み台にして、より高い場所を目指すし。まあ高いところから景色を見たいという好奇心もあるのかもしれませんが、やっぱり人間も元々は動物だったのだなあ、としみじみする毎日なのです。(^_^; 君は十分に猿並みだ!

似たことを以前も一度書きましたが、人間の元々持っている能力を観察するには、幼児というのは結構いけるかもしれないですね。こりゃあ、大人もたまには野生に帰ったほうがいいのかな。がおー!


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ブルックナーの第九とスターウォーズ

「スターウォーズ」の最新作、早く見たいですねえ! 全6話中の第3話が最後の公開になるというのは、面白い演出ですよね。その後に起こることも、前に起こったことも知っていて、その狭間にある謎が、恐らくこのスペースオペラ(って言うんでしたよね?)の最も核心の話…ってことなんでしょうね。

さて、先日私が出演したブルックナーの第九の演奏会の感想で、「スターウォーズを思い出させる」みたいな内容がありました。おお、そんな感じ方も純粋でいいなあ、と今さらながら感心すると同時に、自分のこの曲への認識は、結構先入観ばりばりになっていたのかもなあと反省しました。

以前、マーラーの交響曲第2番「復活」の第5楽章について、「サンダーバード」みたいなんて言ってる人がいたのですが、それはまだ想像の及ぶ範囲でした。ロケットが発射しそうなところ、ありますよね。

ブルックナーの第九は、やられたなあ…。やっぱ、生半可、作曲家がオルガン奏者だなんていう知識があったりしたから、宗教的って決め付けすぎてたところ、ありましたね。確かに壮大な響きに「宇宙」を感じるのですけど、あくまで、宗教を前提に、その宗教を凌駕したような「宇宙」(つまり比喩としての「宇宙」)を感じたりしちゃって、とても、「スターウォーズ」にまでは思いが及びませんでした。こちらは、比喩ではなくモノホンの「宇宙」ですからね。

なんか、色んな感じ方ができると、楽しみ方が膨らんでいいですよね。




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バイオリンを弾いていて手が熱くなってきた

6月22日のブログで、気功や太極拳ではやっているうちに手が熱くなることがあるけど、バイオリンではまだないので、それを目標にしたいと書きました。

で、今日、なるべく緩んだ状態が持続するようにバイオリンを練習してみたところ、希望通り(^_^;、手が温かくなっているのを自覚しました。右手だけですけどね。でも、いいぞいいぞ。やはり緩んで弾けるようになってきた証拠だと思っております。左手も頑張ろう(って頑張って力を入れてはいけないところが何ですが)。

緩んだ状態を作った次の課題は、その状態を維持しながら、どうやって音楽を作っていくか、ということにしています。音楽を作ろうとすると、やはり、物理的に自然な状態から少し離れることになるかもしれません。うまくやらないと力みが発生しそうなのですよね。

無理が発生して力みそうになったら、まずはゆっくりさらう、ということにしております。どんどんゆっくりになっちゃうんですけど、それはそれでいい練習になります。


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呼吸は何を育むか?

いきなり答えを書いてしまうと怪しく、あるいは、今さら何を臭いこと言うとるんじゃい、おのれは? などと思われそうなので、疑問系のタイトルにしてみました。

今回の「呼吸」は、人と息を合わせるお話です。オーケストラのような大人数になると、全員でぴったり息を合わせるのはかなり難しいのですが、ポイントだけでも合わせるようにすると、音楽の流れが揃うなどの効果があることを実感しているオーケストラ奏者は多いのではないでしょうか?

室内楽だと、かなり合わせやすくなりますよね。とは言ってもピアノとバイオリンのデュオなんかだと、二人しかいないのに、意外と難しい。頭の高さが違うことや、体の動かし方の根本が違うことなどによるのでしょうね。その点、同じ楽器同士だとかなり合わせやすくなる。弦楽四重奏は、全員が同じ形の楽器を弾いて、かつ、編成として完結しているので、最も息を合わせやすいアンサンブルと言ってもいいのではないかと思います。

で、私の持論。呼吸は何を育むか? その答えは「愛」なのです。わーお! 臭いでしょう!?(^_^; ただ、ここで言いたいのは、色恋のような狭い意味ではなくて、一緒に生きていく安心感のようなものを得られる、という感じかな。もちろん中には色恋が育まれて、結婚まで発展するようなケースもあるかとは思いますが、それはまあ一部のドラマってことで。キリスト教の隣人愛をも含みこむ、もっと大らかな観念としての「愛」です。

分析はなかなか難しいです。ただ、相手と呼吸が合うと――
◎それだけで嬉しい
◎生命活動のリズムが揃い、仲間意識が高まる
◎自然の支配する同じ空気に包まれる感じがする
などの感覚を共有するのではないかと思います。

先月、このブログでユニゾンが音程だけでなく歌い回しまで合っていた室内楽の素晴らしさを書きましたが、そのためには恐らく、奏者たちが同じ呼吸の中で演奏することが必須のような気がします。

なお、この「愛」には性別は関係ありません。もちろん異性との間でいい「愛」を育めば、絶妙な表現が可能になることもあるでしょうし、同性であっても、わあ、おかまとかそういうんじゃなくて、男性にも元々ある「母性」みたいな感覚が表に出てきて、演奏がしっくり来るようになるものだと思います。ふう。(^_^; 難しいっすね、日本語って。

室内楽で満足感のある演奏を終えた後には、「愛」の空気が漂っているような気がするのですよね。オーケストラだと、全員でというのはかなり難しくなりますから、各奏者が指揮者と息を合わせるようにすればいいのかな。

なお、吸うタイミングや吐き始めだけでなく、吐いていく息の配分などまで合わせて初めて、うまく息を合わせたと言えるのではないかと思います。

蛇足ですが、世の中、あいちゃんブームで、ゴルフ、卓球、スキーモーグル、バイオリンといろいろなジャンルで活躍してますが、日本の太極拳にも、素晴らしき「愛ちゃん」がいるらしいです。(ちなみに、私の所属オーケストラと親戚筋にも「あいちゃん」がいて、それぞれなかなか光ってますです、はい)


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日本人の国語力

「最近の若者は」と来れば、その先は大体けなされる、ものです。一頃、東大生の数学力や国語力が落ちたということも話題になりましたね。携帯が普及してからというもの、その「けなし」に拍車がかかり、電車の中で読書する人がほとんどいなくなったとか言う人もいます。私はそうも思わないけど。

思えば、私たち(「たち」じゃない人のほうが多いかな(^_^;)が幼い頃、テレビが爆発的に普及したことで、読書の時間なんぞは、すでに激減していたのではないかと思います。で、私みたいのが育つわけですな。

しかし、パソ通やインターネットが登場してからの電子メールとごく最近のブログの広がりにより、私たちに文章を書く機会が激増しているという事実にも注目してもよろしいんじゃないかと思うのです。

「作文力がすべての学力をアップする」なんていう趣旨の本があるくらいです。もちろん、メールなんて多少の誤変換や文法の間違いは気にせずに書いたりしますから(私だけかなあ(^_^;)、日本語の使い方をいい加減にしている面もなきにしもあらずですけど、「書く」ことが国民の間でこれほど盛んだったことって、ひょっとしたら、これまでなかったかもしれませんぞ。

いい加減なメールでも、相手に言いたいことが伝わらなければ、改めて説明し直すこともあるでしょうし、ブログは、場合によっては大論文を掲載したりするし、何せ書く頻度が高くできるようにできてます。毎日日記を書くだけでも、文章力は上がるってもんでしょう。しかも、読む人がいる可能性があるのですから、カッコつけちゃいますよね。でも、それは長所だと思いますです。

メルマガやブログから書籍が生まれる世の中、そうバカにはできないなあと思います。テレビが主導した「一億総白痴化現象」(懐かしい言葉ですが、当たっている部分もあると思います)を、結構取り戻せるかもしれません。

しかし、ブログってのは、意外とよくできてますね。一度書いたものをアップロードする前に「プレビュー」することで校正をかけられる。メールよりも気が利いているような気がしますです。とか言って、「お前の日本語はもっと校正が必要だ」と言われそうな…(^_^;

と、今日は文化論みたいになってしまいましたが、ああ、これで少しは私の論理的思考能力が向上すればよいのですが…。ふう。


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