ほほほの脱力メモ

バイオリンと気功をお気楽に精進してα波に満ちた日々を過ごすためのメモブログです。キーワードは「脱力」です。話はいろいろ飛びそうです。

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スローモーションの美

テレビというのは五感の能力を鈍らせるものだから、あまり見ないようにせんといかん、との思いを強くしている昨今ながら、ついつい荒川静香選手のNHKスペシャルを見てしまいました。いろいろ予想して前々から制作はしているのでしょうが、テレビの番組制作スピードは驚異的ですね。

何が素晴らしいって、スローモーションで見た時の滑りの美しさですね。採点員などのプロはともかく、私のような俄かスケートファンの目でも、スローだと随分ごまかしがきかなくなるのではないかと思うのです。だから、スローで見て美しい動きというのは、本当に無駄がなく、また、隅々まで美を追求した結果なのでしょうね。

少々強引に自分の趣味に引きつけますと、太極拳。これはフィルムを遅回しするのではなく、実際に動作をゆっくりするわけですが、これまたごまかしがきかないという意味で、共通しております。太極拳も鍛錬の時にはゆっくりして、実戦では、意外と素早い動きをしてたりしますから。(昔は太極拳は単なる健康体操ではなく、ホントに戦うための武術だったのですね! ゆっくり鍛錬法は、発達の途中で開発されたもののようです)

バイオリンのボウイング(弓使い)でも、ゆっくり練習するのは基本の一つとしてありますし。

もっとも、スケートの場合は逆かも。速い練習も徹底すれば、ゆっくりの美まで達成するということで。大学時代のオーケストラに、絶対インテンポでしか練習しないバイオリン弾きがいて、「あいつは絶対うまくならない」とみんなで言ってたのに、結果的に凄く上手になっていた男のことを思い出します。ゆっくり練習しない代わりに、彼は、とにかく徹底して弾きつくしていました。普通の人には難しそうだ。
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ネバトロ一丁!

ネギトロじゃありませんよ! ネバネバトロトロ歩きです。

「ツキに憑かれたピエロ」の記事のコメントで言及したネバネバトロトロ歩き。足の裏に納豆がついているかのように、ネバネバ歩く、言葉で見ると奇妙な歩き方です。上半身を緩めて、足の動きを素直に受け入れるのがポイント。高岡英夫さんの教える「ゆる体操」の一環なのですが、せっかくなので自分が感じた効用をまとめてみましょう。

・歩きが速くなる。
――ネバネバすると、足をあまり高く上げず、その分歩幅が増えるのと、回転数が上がるので、歩きが速くなるという寸法です。1本早い電車に乗れることもあります。

・寒い中を歩き始めてもすぐに温まる。
――これは上半身も連動して動かすので体全体が温まりやすいのです。

それがなんでバイオリンの技術向上に役立つのか? うっ、また睡魔君がやってきた。役立ちます。体の使い方が柔軟になるからねえ。お休みなさい。


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ツキにつかれたピエロ

月に憑かれたピエロ? 憑きに疲れたピエロ? なぜかたわくし、以前「ピエロ」と呼ばれていたことがありまして、シェーンベルクの「月に憑かれたピエロ」は、名曲と言われながら聴いたことないんすけど、そのタイトルゆえに、妙に親近感があるのです。なぜ「ピエロ」と呼ばれていたかは、忘れてしもた。

しかしまあ、ついているかどうか、これは本人が日々起こっている事柄をそう思えるかどうかにかかっているので、ついてると感じている人ってのは、心の持ちようがプラス状態なのだと思います。

このところ、ブログの更新が遅れていたのは、最近とみに仕事が増えていて、帰宅するなり睡魔大魔王に襲われることが多かったからですが、仕事さしてもらえるっちゅうのは、それ自体さしてもらえないよりいいことなので、やはりついている。最近はある事情で海外行きがおじゃんになったので、それをツイてないと言う捉え方も可能なんすけど、ある事情が生じたこと自体はツイている。なので、最近の自分については「ツキに憑かれたピエロ」と考えておこうと思います。

ある有名企業で「幸運の研究」をやっている、というのが、何年か前の新聞に載っていたのですが、協力してみたいもんです。(^_^;) 幸運というのも、大抵は、より不幸な状態と比較した場合に感じるものだと思うので、やはり心の持ちようなのですね。幸運とツキって、ひょっとしたら同義かなあ?

ところで、今日は、すみだトリフォニーホールで、自分のところのオーケストラの演奏会本番があります(右側のプロフィール欄に演奏会情報が出てます)。たわくしはVn.1で、プログラム前半が2プルト裏で後半が6プルト裏(縦に6列並ぶ一番後ろ)。特にこの6プルト裏という席はこれまで弾いたことがなかったので面白いです。意外と指揮者やコンサートマスターが見やすい上に、後ろからオーケストラ全体を眺めながら弾ける。何か、妙に観察できるのですよ、オーケストラと言う生き物を。

それはおいておくとして、よい指揮者とよいソリストに恵まれたのは、ツキの一種だと思います、ハイ。というわけで、今日はピエロの格好をして出ようと思いますので、いらっしゃる方はご堪能下さい。玉乗りはしません。(本気にする人いますかねえ)


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女宮本武蔵

凄い使い手に遭遇しました! 電車で横に座っていた女性です。

しばらく膝に乗せて使っていたノートPCをしまうと、おもむろに取り出したのは2台の携帯電話。足を組んで座っているのがまたかっちょいい。携帯を両手に持って、ぱかっ、ぱかっと開くと、親指はどちらもそれぞれの電話のキーの上です。隣に座っていたので、あまり顔を向けてしまうわけにはいきませんでしたが、どうやら最初は右の電話の画面を見ながら左の電話のキーを叩いていた模様。それが、しばらくしたら、今度は右の電話機でもキーを打ち始めたのです。お見事!って感じ。

まさしく「二刀流」。現代の女武術家と言ったところでしょうか。ペンは剣よりも強しとは申しますが、ケータイも剣より強そうだ…

私も2台携帯使ってますけど、こんな技はできそうにありません。(両方が通話状態だったことはありますが…(^_^;))


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新たなる掃除本

このブログをある程度読んでくださっている殊勝な方は、私が鍵山秀三郎さんの「掃除道」に感化され、自宅が凄く美しい状態になっているのではないかと思っていらっしゃる可能性もありますが、自宅の掃除の実体は遅々としております。(^_^;) まだ、会社のほうがまとも。

ところで、さらなる掃除本を読み始めてしまいました。その名も「子どもが輝く「魔法の掃除」」。鍵山さんの関連本かと思って読み始めたら、これまたちょっと違う哲学を持っているのですね。

この本で書かれているのは、タイトル通り「子ども」の掃除なのですね。最も大事なのは、何も言わずに掃除をすること。子ども同士でおしゃべりしない、大人が子どもに注意や指導をしない。できる限り黙々と掃除をする。

人に強いることなく黙々とというのは鍵山さんに共通してますが、やはり「子ども」が主役であるところが、ちーと違う。鍵山さんやビートたけしのようにトイレ掃除を最上とするわけでもない。

子育てにおいて、子どもが自発的に何かをやるようになる、というのは、理想としていても実際上はうまくいかないことも多いのではないかと思うのですが、この本にはその最上ランクの実践法が書いてあると言えます。

というわけで、明朝から黙々するべかなあ。

追記:子どもにバイオリンを自発的に練習してもらういい方法ないですかねえ。


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ゴルゴ13はiPodをつけて街中を歩かない(多分)

ここのところ、このブログでは音に関することを書き綴っておりますが、今日の日経新聞朝刊1面の「春秋」欄(朝日新聞の「天声人語」にあたるコラム)で、iPodを切り口に「音」のことが書かれておりました。

街にはいろいろな音が溢れているけれども、iPodを聞き始めるとそれらの音をシャットアウトして自分の世界に入るように思えるのは、かつてのウォークマンと同じと思っていたが、iPodの場合は、パソコンを経由しているので、実は別の世界とつながっている部分が興味深い。というような内容です。

iPodを聞きながら街を歩けるのは、まだまだ街が安全な証だなあ、などとのんきに日々暮らしている私です。ゴルゴ13だったら、敵の攻撃を警戒するから、iPodなんてつけて街を歩いたり電車に乗ったりできないですよね。最近読んでないので、もしそんな場面があったら教えて下さい。m(_ _)m

もう20年以上も前に「ヘッドフォン・ララバイ」というライトな本を読んだときの心地よい印象を今でも思い出します。(アマゾンで検索すると、ユーズド[古書]で今でも買えるのにびっくりしました) おぼろげな記憶では、街の看板塗りを生業としている青年が、当時流行を始めたウォークマンを聞きながら仕事をしていると、新たな世界に入り込むというような内容だったかと思います。

私には、「春秋」の筆者さんのように、iPodが別の世界とつながっているとは、今のところは感じられません。むしろ、今の都会には外界と遮断したくなるような音が溢れているのが、こうした機器がヒットする原因の一つなのだろうと想像する次第です。空気が清清しく、心地よい音の多い山や森の中を歩くときに、iPodやウォークマンをつける気にはなりませんからなあ。

で、都会の音はやはり「喧騒」だなあと感じていたわけですが、このところ書いた記事の流れで、「都会で耳を澄ませるとどんな音を楽しめるだろう」と、iPodのヘッドホンを外して、街を歩いてみました。それも、なるべく遠くの音を聞くように心がけて。すると、地鳴りのようにどよどよと聞こえて来る音があって、「都市の胎動」のように思えてくるのですね。少し先にある大通りを走る車の音だったのだと思います。

それは、夜の飛行機の窓から眺めた幹線道路を走る車のライトの動きが「日本の動脈」のように見える感覚とちょっと似ています。音にしろ光にしろ、動きであることに違いはない。どちらも車という人造物が生んだ動きであるがゆえに、「都市の胎動」や「日本の動脈」と感じるのでしょうね。

鳥の声や風で草木が擦れる音のほうが気持ちよいのは変わりありませんけど、自分の感覚の使い方次第で、随分受け止め方が変わってくるものだなあと、楽しんでいる日々です。


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電子音の憂鬱

「続・よい耳」の関連です。山下柚実さんの著書「五感生活術」では、電子音についても触れていました。電子音は「含まれる音が少ない」ので不快を呼ぶという話です。

これは多分「電子音には倍音があまり含まれていない」ということをおっしゃっているのだと思います。まあ、電子音というのは、その周波数の音しか出さないわけですから、倍音もへったくれもないのかもしれません。逆に、バイオリンなどを弾いていて、「音の豊かさは、倍音がどれだけ出ているかによる」とは、かつてレッスンで聞いた話です。

そういえば、電子音の目覚まし時計、以前使っていたのですが、いつも不快でたまりませんでした。何か眠気がこびりついたまんま、活動しなきゃいけないっていう感じになるのですね。

なので、何年前だったか忘れましたが、物理的なベルが鳴る目覚まし時計を買いました。その頃は、店頭に並んでいるほとんどが電子音時計で、10個のうち1個くらいしか普通のベルタイプはなかったように記憶しております。

使ってみると、寝覚めが全然違う。ベルの音はけたたましいのですけど、電子音よりずっと快適でした。それ以後、時々目覚まし時計売り場を見物することがありますが、増えましたね、普通のベルの目覚まし時計。私と同じように感じていた人が結構いるということなのでしょうね。

赤ちゃん用オルゴールも最近は電子音ばかりになったと言います。ウチにあるのはジュラ紀の昔から受け継いだ化石のような遺物なので、物理的に鳴るタイプです。壊れかけてはいますが、音に不快感はないですね。電子音のオルゴールなんて、赤ちゃんに聞かせていいのだろうか、と思います。不快の中で育つのはかわいそうだし、耳の悪い子供になりそう。

電子音に倍音を多く含ませることが、どれくらい難しいのか、あるいはどれくらいコストがかかるのかは、私には分かりませんが、いい音に囲まれて暮らしたいものです。

音は人によって感じ方が違うので、何がいい音かというのは難しいのですが、電子音に満ちた世の中というのは、ちょっとやばそうな気がしますです、はい。


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続・よい耳

よい耳を育てる方法がないか、以前お聞きしましたが、その後、山下柚実さんの「五感生活術」という本を読み、何かヒントになることはないか、探してみました。

山下さんによりますと、現代社会では、例えばテレビの音や車内放送、携帯電話の着信音のように近くででかい音に接することが多いので、遠くの音に耳を澄ませることが減っている、と。

訴訟社会の米国ではiPodが難聴を呼ぶのでアップルを提訴という、自己管理を棚に上げたような話もありますが、確かにヘッドホンオーディオの類で聴くのは、内容が音楽であっても、過度の使用が耳の麻痺につながる「近くてでかい音」であることには間違いなさそうです。

しかし、今の街中では、遠くに耳を澄ませれば心地よい音がする、といった状況もなかなかないのですよね。ただ、耳の澄ませ方で、聞こえて来る音のありようが違ってくるのは面白いなと思いました。

というのは、こうしたことを思い立った後、一人でランチを食べる機会があったので、その食堂で、できるだけたくさんの音を拾えるよう、意識してみたのです。人が多すぎたためか、個々の会話の内容は耳に入って来なかったのですけど、様々なグループが楽しそうに会話している様子というのは、何となく伝わって来たのですね。

意識するとしないとでは、聞こえ方がまったく違う。少し大げさに言うと、意識すると、人の息吹がどんどん耳に入ってくる感じ。ふだんはそれをうるさく感じているので、聞こえて来る音を選択する力を持っている耳が、ある程度シャットアウトしているのかなあと思いました。こうしたところには、耳の訓練のヒントがありそうな気がします。

逆に試して今いちだったのが、iPodを聴きながら、管弦楽曲のある楽器の音だけを意識的に拾い出す試み。モーツァルトの曲でヴィオラだけってのをやってみたんですけど、埋もれて聞き取りにくいところが多い。そんな意識を持つと、録音というのは音が随分平板なのだなあと感じました。もちろん、録音の質や再生機の性能や演奏者のバランス、また、自分がふだん聞きなれている周波数帯域にもよると思います。また、生演奏だと感じ方が随分違うでしょう。


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