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ほほほの脱力メモ

バイオリンと気功をお気楽に精進してα波に満ちた日々を過ごすためのメモブログです。キーワードは「脱力」です。話はいろいろ飛びそうです。

楽器との出会い

「チェロと出会ってから20年になります」――こんな言い方をされていたのは、昨日このブログで書いたチェロとパントマイムのパフォーマンスに出演されていたチェリストの方です。インタビューの了承を取ったわけではなく、個人的に話をうかがったことですので、実名を出すのは控えさせていただきますが、実験的な音楽の分野では、有名な方のようです。たくさんのエフェクターを使い、多重録音に自分のライブ音をかぶせるなどの手法で、即興的な要素を巧みに取り入れて新時代の音楽を紡ぎ出す様は、スティーヴ・ライヒも顔負けと感じました。

なぜ冒頭の一節をあえて取り上げたかというと、「出会う」という言葉を使われたからです。これはまさしく、相手、つまりチェロに対してひとかたならぬ感情をお持ちであることの表れだと見ました。しかも、驚いたことに、チェロを先生について習ったことは、今まで一度もない、と言います。

ちょいと死語を使わせていただきますと、この方は大変かっ飛んだ演奏をしていらっしゃったのですが、それは確かな技術に裏打ちされた演奏でした。例えば、ピカソのアバンギャルドな作品が、実はしっかりしたデッサン力に支えられているのと同じです。

私はこの方、技術がしっかりしているので、音大を出た後、クラシックではない道を選んだのだろうと勝手に想像していました。実は、休憩時間にバッハのような曲も弾いてましたし。ところが、衝撃は音大出ではなかっただけではありませんでした。何歳でチェロを始めたかはうかがわなかったのですが、諸データから類推すると、20歳を過ぎてチェロとの「出会い」があったようなのです。

もちろん、独学で技術を習得する才能をお持ちなのでしょうけど、根底には、チェロへの限りなく強い「愛」があるような気がしませんか。まあ、愛があるだけではうまく行かないのもよくある話で、片思いで終わらないためには、研究もされたようです。「癖を悪いことと決め付けず、逆に生かすことだ」と、その一部を教えていただきました。

一目ぼれだったのか、ある程度交際を重ねて愛を育んだのか、聞いておけばよかったですね。

それにしても、世の中には、まだ知らない素晴らしい方がたくさんいるのだろうなあ。


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ブルックナーの第九とスターウォーズ

「スターウォーズ」の最新作、早く見たいですねえ! 全6話中の第3話が最後の公開になるというのは、面白い演出ですよね。その後に起こることも、前に起こったことも知っていて、その狭間にある謎が、恐らくこのスペースオペラ(って言うんでしたよね?)の最も核心の話…ってことなんでしょうね。

さて、先日私が出演したブルックナーの第九の演奏会の感想で、「スターウォーズを思い出させる」みたいな内容がありました。おお、そんな感じ方も純粋でいいなあ、と今さらながら感心すると同時に、自分のこの曲への認識は、結構先入観ばりばりになっていたのかもなあと反省しました。

以前、マーラーの交響曲第2番「復活」の第5楽章について、「サンダーバード」みたいなんて言ってる人がいたのですが、それはまだ想像の及ぶ範囲でした。ロケットが発射しそうなところ、ありますよね。

ブルックナーの第九は、やられたなあ…。やっぱ、生半可、作曲家がオルガン奏者だなんていう知識があったりしたから、宗教的って決め付けすぎてたところ、ありましたね。確かに壮大な響きに「宇宙」を感じるのですけど、あくまで、宗教を前提に、その宗教を凌駕したような「宇宙」(つまり比喩としての「宇宙」)を感じたりしちゃって、とても、「スターウォーズ」にまでは思いが及びませんでした。こちらは、比喩ではなくモノホンの「宇宙」ですからね。

なんか、色んな感じ方ができると、楽しみ方が膨らんでいいですよね。




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インナーイヤー式ヘッドホンのゴムが取れにくくなった

iPodを聴くのに、パイオニアのインナーイヤー式ヘッドホンを使っているのですが、耳に差す部分のゴムがヘッドホンの本体から取れやすくて大変困っておりました。なるべく注意はしているのですが、ふとした拍子にすぐ外れて道端でまるで落としたコンタクトを探すような状況になったり、鞄の中で取れてしまってごそごそ探すこともしばしばでした。また、知り合いに聞いたところ、「取れやすい」と言うのに賛同する人は結構何人もいました(ただし、パイオニアという話ではなく、インナーイヤー式ヘッドホンということで聞いた結果です)。

で、先日ついに、落としたゴムが見つからず、替えを買いに行ったところ――

◎家の近くのコジマには、ソニーのゴムはあったが、パイオニアについてはヘッドホンもゴムも置いていなかった。
◎渋谷のビックカメラならあるかと思って行ったところ、パイオニアのヘッドホンを置いているのにゴムはナシ。ちなみにソニーのゴムもありませんでした。

メーカーが違ったらサイズや形状が違ったりして、はまらないかもしれないなあと思いつつ、ためしにコジマでソニー製のゴムを買ってみたところ、何とパイオニアのヘッドホンにぴったりはまるではありませんか。しかも、パイオニアの元のをはめていた時よりも、取れにくいんですよ、これが! ひょっとしたら、微妙にソニーのゴムのほうがサイズが小さかったりするのかもしれませんが、真相は不明です。あるいは、単にソニーのほうが取れにくいということも考えられます。

とりあえず、個人的にはめでたしということで。

ただし、売っていたのは、大中小3種類のゴムがセットになっている製品でした。どれが耳にフィットするかが分かったら、次からはその大きさのゴムだけ買えるともっとよいのですが、そういう売り方はしてないのかなあ…


※なお、同じメーカーでも型番が違うと合わない可能性もあるかもしれませんので、試す場合は自己責任でお願いします。m(_ _)m


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ブルックナーの「未完の美」

現在練習中のブルックナーの第九交響曲は、未完の大曲です。第4楽章が書きかけの段階で作曲家が没してしまいました。明日(6/26)の私たちのコンサートでは、通例通り、第3楽章までを演奏して終わります。

ブルックナーは没する9年ほど前にこの曲の作曲に着手し、没したその日まで第4楽章の作曲をしていたといいます。まさに命の限りを尽くして作曲していたわけですが、第4楽章補筆版やアーノンクールによる「講演+第4楽章の断片集」などの実験的な試みを除けば、大方のCDは第3楽章で終わっており、それを聴き慣れているせいか、これで終わって不自然でないと感じているのは、私だけではないですよね。

この曲、第3楽章(=通例演奏の最後の楽章)の冒頭がマーラーの第九交響曲の第4楽章(=終楽章)の冒頭と似ていることもあり、マーラーが静かに終わることから、ブルックナーも静かに終わっても自然だなあ、なんて感じたり、死へ向かったブルックナーとしては相応しい、つまり鎮魂的な終わり方だと納得したりもしてしまいますよね、ね、ね。

ただ、ブルックナーとマーラーって、一つの交響曲が長いところは似ているのだけど、曲想はまったく対照的。それを似ているなんていうのだから、強引なのかもしれませんが、9番に限っては、結構似ているように感じるのは、ひょっとしたら作曲家が番号に捉われたような部分があるのかもしれませんね。(今日は「ね」で終わる段落が多い(^_^;)

というわけで、ブルックナーの第九は、まさしく「未完の美」の形容に相応しい曲だと思います。勝手に想像することを許していただければ――
全精神を注入して書いた3楽章までのできばえがあまりに素晴らしく感じられ、自分で納得できる4楽章がどうしても書けないブルックナー。3楽章までで、十分昇天してしまうからです。今書いている4楽章では、どうしても地上に戻って来てしまう…そうこうしているうちに、本人が昇天してしまった…。(この物語はフィクションです!)

ブルックナーは改訂好きで、何度も同じ交響曲に手を加えていますが、それと第九が3楽章で終わっているのとは、やはり「未完」のあり方が少し違うように思います。

ところで、美術分野でも未完成で素晴らしい作品が時々あります。例えば、ミラノのスフォルツァ城にあるミケランジェロの彫刻「ロンダニーニのピエタ」。この作品も、ミケランジェロが死ぬ数日前まで彫り続けていたのだそうです。ミケランジェロは当時としては大変長生きしており、この作品を彫っていた時は80歳代でした。

ミケランジェロの作品には、もちろん完成作に素晴らしいものがひしめいていますが、「ロンダニーニのピエタ」には、未完ならではの美があるように感じます。ミケランジェロがそこで鑿をふるっている様子を想像する(*)のです。完成作ではミケランジェロの姿は見えてこない。未完の作品では、言わば、作家が注いでいるエネルギーをも同時に感じることができるのだと思います。

時代もジャンルも違えど、宗教作品を多く作ったミケランジェロもオルガニストだったブルックナーも、教会を舞台に活躍することの多い芸術家でしたね。神の前で、人間と言う存在の未完成ぶりが身に滲みたりしたこともあったのでしょうか。でも未完成も面白いですね。だから人間も面白いのだな。うん、とりあえず、うまくまとまりました。



*「ミケランジェロが鑿をふるう姿を想像する」という発想は、ミケランジェロの数々の彫刻を撮影した写真家、増浦行仁さんの言葉から想を得ました。「おれは土門拳になる」という書籍が参考になります。


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ユニゾンの歌いまわし

トッパンホール(東京・文京区)で室内楽を聴いて来ました。ホールが若手演奏家を支援するシリーズの一環で、ピアニストの岡田将さんが弦楽器奏者と共演して室内楽を聴かせるというものでした(概要は最後に記しておきます)。

今回のプログラムの中で言及したいのは、シューマンのピアノ五重奏曲です。

カルテットは、パガニーニコンクールで受賞歴のある島田さん、日本音楽コンクールで優勝歴のある菅沼さん、都響の首席ビオラ奏者の鈴木さん、それにベテランの山崎さんと、実力十二分なメンバーです。ただし、特に団体名がついていなくて、恒常的な団体ではない模様。いくら個人個人がすぐれていても、即席メンバーによるカルテットはうまくアンサンブルするのが難しいと言います。しかし、この演奏会では、非常によい演奏を聴かせてくれました。

その中で特におっ! と思ったのは、時折出てくるファーストバイオリンとチェロのユニゾンの旋律です。音程が合っているのは、プロなら当たり前のことかもしれないのですが、微妙な歌い回しまでが合っていたのが、さすが、やるなあ、と思いまして。

自分たちで室内楽をやる場合は、なかなかそこまで行かないので、なかなか刺激的でよろしうございました。


【概要】
〈トッパンホール エスポワールシリーズ 4〉岡田 将 Vol.2 ―室内楽

岡田 将(ピアノ) / 島田真千子(ヴァイオリン) / 菅沼ゆづき(ヴァイオリン) / 鈴木 学(ヴィオラ) / 山崎伸子(チェロ)

Program
マーラー:ピアノ四重奏曲(断章) イ短調
ラフマニノフ:チェロ・ソナタ ト短調 Op.19
シューマン:ピアノ五重奏曲 変ホ長調 Op.44


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あの世とこの世

6/20付けのブログで書いた
「二つの第九」は「あの世」と「この世」、
についてです。ショスタコーヴィチとブルックナーのどちらが「あの世」か、については、大抵の方のご推察の通り、ブルックナーが正解です。

私の不確かな記憶では、ショスタコーヴィチは重い第9交響曲を書いてベートーベンみたいに死にたくないから軽い内容にしたとかいうエピソードがあったかと思います。とすると、この曲はまさに「この世」の曲ですね。

ブルックナーのほうは、第3楽章で間違いなく昇天しそうな気がします。第4楽章が最後まで書けなかったのは必然だったのではないか、とさえ思えてくるですね。

それで、です。ここでは、せっかくなので、天外伺朗さんが数々の著書で説いている「「あの世」と「この世」は表裏一体」みたいな説を、今回の私のオーケストラのプログラムで楽しんでみるのもまた一興かな、と。(おっと、一見際どい世界に来ましたね! でも宮崎駿さんだって同じような世界に入ってるんですよ)

指揮者のキンボー・イシイ=エトウさん、「二つの第九」を実に見事に振り分けてます。両曲のキャラクターの違いは、鮮やか、というほかはありません。でもそれは実は一人の人間の「あの世」の姿と「この世」の姿だったのです。…なんて言うと、面白そうじゃありませんか?

天外さんは、この世にある人間の意識に対して、あの世にあるのは心理学者・ユングの言う「集団的無意識」に類するものと位置づけていて…そのレベルまで踏み込めてないなあ…まだまだな私でした。m(_ _)m


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ユニゾンの演奏法

オーケストラや室内楽で複数の楽器・パートが、オクターブ違いのユニゾンすなわち同じ音階で旋律を演奏する場合、下の音程のパートのほうを強く、上のパートはそれに乗っかるように、と指導されることがよくあります。

最近、楽器単体の音の豊かさを追求しているので、それを応用できないかと考えたのは、上のパートは下のパートの「響き」になりきること! です。まるで倍音になったかのような音を出すわけです。

どうでしょう? うまく行ったら、全体として、とてもいい音でまとまって聴こえて来そうな気がしませんか? もちろん、そのためには、本当にいい音を出すための努力と研究が必要です。生な音はできるだけ出さない。バイオリンなら指板寄りで弾くというのも一つの方法でしょう。でも、フォルテ以上の場所では、指板寄りだけでは対処できないでしょう。まず前提として、奏者各個人が倍音の豊かな音を探求するのが原則だと思います。

なお、冒頭のような指示があって、それを忠実に実行しているのに、時々「えっ、何か違う!」と感じるのは、下の音が強くなってはいるのだけど、そのために力が入って生な音になってしまう場合だと思います。下の音を出す楽器の奏者も、上の音の楽器を包容できるような音質であることが肝要であるように思います。

いいユニゾンは気持ちよさそうですよね!


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美術館展示室でラヴェルの弦楽四重奏曲

先日、ある美術館の展覧会場で、ラヴェルの弦楽四重奏曲全曲を生演奏で聴く機会を得ました。演奏していたのは、恐らく音大生だと思うのですが、非常に完成度の高い演奏で、展示品を見るだけではなくよい演奏まで楽しめたわけです。得をした、というのはこういう時に使う表現なのでしょうね。

で、特に専用の客席が設けられているわけではなく、展覧会場の片隅のそれも通路のようなところで演奏していたので、聴衆は集まりにくい状況でした。その中で、数名が前に陣取って聴き入り、普通の人は自由に展示された絵を見ているという、全体的に見ればほぼBGM状態。それはそれで悪くないのですね。最初からBGMということで演奏を依頼されたのだろうし。

おかげで普段はなかなかできない経験もさせていただきました。演奏中でも聴衆の私たちは移動が自由なので、いろいろな距離から聴くことができたのです。

演奏者が上手だからなんですけど、まず、すぐそばで聞くと、大して大きな音が出ていないけれども、倍音はとても豊か。少し距離を置くと、よく鳴っているように聞こえ、さらに離れると、ゴージャスに響いているように聞こえる。

プロ(あるいはその卵)だったら当たり前なのかもしれませんが、音程もいいし、表現も素晴らしい。しかし、今回思い知らされたのは、豊かに響くよい音を作ることの大切さでした。これも頭では分かっているんですけど、日々曲と対面していると、その大切さへのこだわりを、これまで、ちょっとあっちの棚に置いてしまっていた。この演奏を聴いて、そんな気がしてきました。

ということで、やはりよい響きを持つ音へのこだわりをもっと強く持とうと思いますです。


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演奏中の表情

大学オーケストラの頃から現在まで、変わらず、演奏会に来てくれたいろいろな人々から、折に触れて言われる言葉が、私にはあります。

「バイオリンを弾いている時は、人が変わったように、真剣な顔をしているね!」

とりあえず、学校や会社でいかに私がヘラヘラして来たかということを物語ったりもしますが(^_^;)、まあ、いつもツンツンして、人に不快に思われるよりはいい、ということにしておきましょう。

しかし、本当は、音楽を演奏している時には、「いい表情」というのがあるのではないかと思います。間違えてニヤけるのとは違いますよ、そこのあなた!(^_^;) 何かこう、いい演奏でノリノリの時には、やっぱり自然と喜びの表情が出るのではないかと。「真剣」も「いい表情」の一種でしょうが、何かこう微妙に、ね!

クラシックの演奏会ではありませんが、最近見たよい例が、チェリストのヨーヨーマとブラジルのボサノババンドが競演している「Obligado Brazil」というCDにおまけで付いているDVDの映像の中で歌っている女性シンガーの表情です。歌がもちろん素晴らしく、だから自然と表情が出てくるのだと思います。とりあえず、現在の自分の目標は、そうした表情が自然と出るのにふさわしい内容の演奏をすること、だな。精進精進。



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今頃ですが、のだめカンタービレ

このところ、アマチュアオーケストラの仲間内で大変な話題になっている「のだめカンタービレ」(二ノ宮知子さんのコミックです。講談社刊)を、今頃ようやく読み始めました。まだ5巻までしか読んでませんが、キャラクターの設定が秀逸ですなあ。

ギャグに徹しているのかと思っていたら、結構感動するような内容が盛り込まれているんですね。

ウチの者が、姓を「のだ」に改めたい、と申しておりました。(そうすると、「のだめ」になるんす。(^_^;) はい、すいません、ウチはのだめちゃんの部屋に負けないくらい散らかってます。私のせいですが…


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